普遍性と独創性とは?

古門エッセイ

私たちが「メビウスの会」として発足したのはホンの1年前ですが、「寶丁伝心体術」として今のように身体操作を広くお伝えするようになったのは十数年前、仲間と武道全般の研究をやりまじめたのは30年くらい前だったと思います✨☘️✨
その中でとても大切に感じてきたのが、常に守り続けると言う意味の「普遍性(Universality)」と、まったく既存には見当たらない新しいモノを生み出す「独創性(Originality)」でした😊

常々、お話するコトなんですが、武道には3本の柱があります 。

一つは、どんな相手と相対してもその攻撃を無力化する武力(ブヂカラ)いつまでも元気でいられる養生法、博愛の気持ちを持ち宇宙の真理を希求し続ける精神性、この3本柱がそろっているモノが武道だと考えています✨🥋✨

 その3本を実現するために、個人レベルで徹底的に「自分とは何か?」を探究し、自分の身体感覚と意識感覚の中から「原初感覚」を抽出するコトに専念するのがメビウス練功法です✨🌀✨

  私は、柔道や剣道、中国武術など色々な武道に携わってきましたが、その中でも空手は、私が一番永く取り組んできた武道でした。
そんな中で、20年前に出会った「空手仙人」から、とても奥深いモノをいただきました。それは、秘伝とか奥義と呼ぶしかない様な概念でしたが、私は、それらも練功法として、だれでも体得しやすいトレーニング法に変えて行く作業をしています。
その洗練作業の中で取り出しているモノは、「武道」と言う枠を超えて、「なぜ武道は生まれたのか?」と「ヒトとは何か?」の答に他ならないと気づき始めました。

「ヒトとは何か?」を探究していく中で、身体の原初感覚に触れ、意識の作用とその起源に触れて行きます。
その中で感じ取っていた情報や感覚が、武道の技をさらに進化させ、深化させてくれるのが分かってきました✨🪩✨

 その原初感覚をともなった「在り方」(普遍性)が、自分自身の「血肉」に溶けて当たり前の感覚になった時、武道で身につけた技は変化と進化(独創性)を促して行きます✨🪐✨

 伝統や文化、幸せを求めてやまない祈りなどの普遍性を胸に、新たな世界を切り開いていく独創性を自分自身に問うていく生き様を、私自身も求めてやみません😊

 今、ポツリポツリと仲間が増えていくメビウスの会ですが、この会が大きくなるコトや継続するコトに、私はあまり興味がありません。
それよりも、私たちが感性を持ち寄って開発していく練功法が、出会ったヒトの普遍性と独創性を深遠で広大なモノにしていただくお役に立てればウレシいね、と仲間と語り合う今日この頃です✨😊✨

寶丁伝心体術   メビウス練功法
学徒     古門英文

昨日の普遍性と独創性についての投稿を読んでくれた仲間から、こんな返信をいただきました🤗

「古門先生

会が大きくなることや継続することにあまり興味がない、というお言葉にも深く感動しました。

私は正直なところ、ヨガがなかなか広がらなかったり、継続されなかったりすることに、どこか苛立ちや幻滅、そして自己嫌悪のようなものを感じていたのだと思います。

一方で、私の一言や話をきっかけに、人生が変わった、生き方が変わったと言っていただくこともあり、そのたびに救われるような気持ちにもなっていました。

けれど、そこにもやはり、相手に期待している自分がいたのだと気づかされました。

形として大きくなることや、長く継続されることではなく、出会った人の中で何かが深まり、その人自身の普遍性や独創性が育っていくこと。

そこを大切にできる在り方に、私も少しずつ近づいていきたいです。

いつか私も、心底から「大きくなることや継続することに興味がない」と言える人になりたいと思いました。

大切な気づきをありがとうございます。

私たちが「日本人である」と言う前に「ニンゲン」であり、「地球上のイキモノ」であり、「宇宙の生命の細胞の一つ」であるコトが、原初感覚を探求していくとわかってきます。

やがてその探究は、「宇宙の意識」との交流へとつながっていきます。

私に色々なコトを教えてくださった師は、「一日に一つ、何かヒトの役に立つコトができたら、それはすなわち好日なり」と言われました😊

また、「自分の人生の中で、たった一人のヒトがイノチの源への道を歩き始めるコトができるお手伝いができたら。もうそれで、自分の人生には充分な意味があった、と思いなさい」と。

たくさんのヒトに良いコトを伝えるより、たった一人のヒトに、純粋な「在り方」を伝える方が尊い生き方だ、との教えでした🤗

わが師‼️ 偉大なり‼️」

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