最後に残るモノ

海の虹 古門エッセイ

私は、メビウス練功法で、ヒトのカラダをより効率良くより永く使えるための操体法と、ヒトの意識がより穏やかで至福に満ちた状態でいられるための意識操作法の開発に尽力しています。
そんな私が、それとは全く逆の状態を思うコトがあります。


こんなコトを想像してみてください。
1台の車が走っています。
それは、もうボロボロで・・
フロントガラスは割れ、ボディはサビて穴があいています。
タイヤの何本かはパンクして、ナメクジみたいな這うような速さで、右へ、左へ、蛇行して動いています。
エンジンはかろうじて動いていますが、ピストンの最後の1本だけが動いていて、ガソリンはもうタンクに残っていない。
キャブレターに残った最後の数滴を燃やし尽くした時に、その車の寿命は尽きるでしょう。
もし私たちがそんな状態だったら、どんな感じでしょうか・・
ヨタヨタと歩いているけど、目は光なく、息をするチカラも、鼓動を打つチカラも、もういつでも尽きてしまいそうな状態で、前に進んでいる・・・
もし、自分がその状態であったとしたら・・・
それでも一歩、カラダを前へ踏み出させようとする肉体の意思・・・
考えるチカラもないのに、前へ進もうもするイノチの意思・・・
もしも、その「意思」を見るコトができたら・・

私はそれを、練功法に練り込みたいと思います😊

森の中の光

コメント

タイトルとURLをコピーしました